昭和、平成、そして

平成が終わろうとしております。

友達からの年賀状には、“さらに昭和が遠のくね・・・”というコメントがありました。

時代の変わり目にあるということでしょうか。

戦後間もない旅行ガイド

先日古本屋さんで、昭和24年発行のガイドブックを発見しました。

状態はあまりよくなく、購入するかどうか躊躇しましたが、箱根も載っていましたので、資料として購入。

表紙はこんな感じであります。

フォントも良い感じですし、指宿の砂湯のお土産品っぽいのも味がありますよね。

昭和24年発行の自由国民社による旅行ガイドブック(C)箱根・孫三総本家・花詩 Hakone Japan Sweets foods

昭和24年といえば、終戦からまだ4年しか経っていません。

こちらの富士山の写真の横の文章を見てください。

昭和24年発行の自由国民社による旅行ガイドブック(C)箱根・孫三総本家・花詩 Hakone Japan Sweets foods

“国破れても世界のフジヤマは残っている”とあります。

日本は太平洋戦争に負けた、しかし富士山という日本の象徴は何も変わらずに悠然としている。
その富士山の姿に、多くの日本人は復興への願いや希望を見出していたのでしょうか。

あの太平洋戦争という未曾有の損失、混乱から考えたら、4年というのはあまりにもまだ日が浅いように思います。
どれだけの人が旅行をし、どれだけの人がこのようなガイドブックを必要としていたのか分かりませんが、ようやく旅行をするという心の余裕が出てきた頃なのでしょう。

箱根のページ

このガイドブックは、北は北海道から南は九州まで実に多くの名所と温泉を紹介しています。

「たのしい旅のコース」「たのしい温泉のたより」「七百圓で遊ぶスケジュール」といった大きな章立て、そしてコラムや各地の風物詩を載せたグラビアのページなど、コンパクトながら実に多くの情報が網羅されています。

そしてもちろん、箱根についても。

といっても、箱根はすでに開発が進んでだいぶ行きやすい温泉場として開かれていたのか、わりとあっさり紹介。

「ちょっとぞんざいじゃないの~!」と思うような感じです(苦笑)

それはそれで仕方がない、文句は言うまい・・・。

箱根を知る広告

ということで気を取り直してめくってみると、歴史を感じるのが箱根の広告。

まずは小田急のロマンスカー。

昭和24年発行の自由国民社による旅行ガイドブック(C)箱根・孫三総本家・花詩 Hakone Japan Sweets foods

特急で90分というのは、今と変わらないのでは・・・?

しかし平日3往復、土日5往復ということで、まだまだ特急は貴重な存在だったのでしょうね。

そして次はつたや旅館の広告です。

昭和24年発行の自由国民社による旅行ガイドブック(C)箱根・孫三総本家・花詩 Hakone Japan Sweets foods

つたや旅館は、宮ノ下にあった旅館。
孫三のある木賀温泉の近くにありました。
バスの停留所にも、「つたや前」というのがあったくらいです。

しかしその後つたやはなくなり、現在は箱根てのゆという日帰り温泉所ができています。
箱根てのゆはとてもいい温泉ですのでおすすめです。

そして最後にご紹介する広告がこちらです。

“白亜の殿堂・観音の湯”というキャッチフレーズの、箱根三昧荘。

昭和24年発行の自由国民社による旅行ガイドブック(C)箱根・孫三総本家・花詩 Hakone Japan Sweets foods

すごいですよね、“東洋一豪華大浴場完成!”とあり、かっこして“300人同時入浴可能”とあります。

箱根三昧荘、どんなお風呂だったのでしょうか?

聞くところによりますと、この箱根三昧荘は、臨時東京第一陸軍病院・箱根臨時転地療養所になってことがあるそうです。

今回紹介しましたガイドブックが出版されたのが昭和24年ですから、箱根三昧荘にそのような軍の施設があったのはそれほど遠くない頃。

しかしそういったことを払拭するかの如く、“東洋一豪華大浴場完成!”と高らかに宣言するというのは、戦後からの復興を力強く歩もうとした当時の人々の心意気ということでしょうか。

NHKの朝のテレビ小説でこの辺りの時代を扱うことも多いですが、みんな食うや食わずの中を必死に生きている、そんな時代だったのではと思っていました。

しかしそういった中にあっても、少しずつ元気を取り戻してきた日本の一面がこのガイドブックには描かれているように感じます。

 

孫三総本家・花詩本店

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