江戸時代の百科事典

江戸中期にまとめられた百科事典があります。

その名は、『和漢三才図会』と言います。

本物は和綴じ本で105巻81冊。ものすごい数ですね。

著者の寺島良安はもともと漢方医。
医者であるからには様々なものに精通していなければならないということから、万物を網羅するべく一念発起してまとめ上げたと言います。

『和漢三才図会』が扱っているものの範囲は幅広く、天文、農具、兵器、動植物、地理などなど。
そして著者が医師であることから、経絡などの人体についても詳しく述べられています。
かの博覧強記の南方熊楠は、この『和漢三才図会』を全て模写し、その全てをすらすらと暗唱できたと言う逸話があります。

今となっては古いものではありますが、言葉の語源を尋ねたり、当時の生活を垣間見る資料として一読の価値があります。

『和漢三才図会』の温泉のページ

温泉の記載

先日、暦についての古い本を読んでいて、雁の話が出てきたので、手元にある『和漢三才図会』のコピー本をめくっておりました。

目次をぱらぱら眺めていたら、「宮ノ下」という名称が載っていることに気がつきました。

そこで、もしやと思ってそのページを開いてみると、「温泉」という項目がありました。
和漢三才図会 気賀 温泉 (C)孫三総本家・花詩 Hakone Japanese Sweets

このように、『本草綱目』からの引用があり、さらに『事物紀源』という本の引用には秦の始皇帝の話も載っています。

「木賀」は「気賀」だった

さらに続く温泉の高を読み進めていくと、当時の日本の代表的な温泉地が載っていました。

有馬を筆頭に続いていく地名を追っていくと、箱根の温泉地が名を連ねています。

「塔ノ澤。湯本。気賀。宮ノ下。底倉。堂カ島。蘆野。相州」とあります。

和漢三才図会 気賀 温泉 (C)孫三総本家・花詩 Hakone Japanese Sweets

赤い棒線を引きましたところに、「気賀」とあります。

つまりこれは、孫三総本家・花詩があります、現在の地名の「木賀」の古名ということになります。

年賀状、祝賀会などに使われる「賀」という字は、「いわう、よろこぶ、ねぎらう」などの意味があるそうです。

「気賀」という名称を、そのまま“気を祝う”と解釈してみると、どことなく“気持ちがよろこぶ”そんな感じがしてきます。

古人がどのような思いで“気賀”と名付けたのか、そんなことに思いを馳せてみると、またたのしい箱根山の一ページなのであります。

 

孫三総本家・花詩本店

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